当院のポリシー
天満小児科が大切にしている3つのこと。
天満小児科医院 院長・スタッフからのメッセージを掲載しています。
天満小児科のポリシー
天満小児科が大切にしている3つのこと
・対話を大切にします
・環境を大切にします
・遊びを大切にします
・対話を大切にします
対話とは“向かい合って話しをすること”。外来診療で、対話からみえてくるものはたくさんあります。
そのためにはゆっくり時間をとらなくてはいけません。
そう思いながらも、小児科医として20年以上病院に勤務している中、入院患者さまの診察が忙しく外来ではゆっくりとした説明が困難でした。
最後のほうは病院全体の仕事も増え、ますます外来診療の時間が少なくなっていたのです。
言い訳だといわれれば、そのとおりです。
しかし、ジレンマを感じていました。
そこで思い切って独立し、この小さな診療所、天満小児科で対話主体の診療を始めることにしました。
・環境を大切にします
対話を大切にするには、ゆったりとした気持ちになることが重要です。
患者である子どもだけでなく、両親や祖父母、私、スタッフもそうなる必要があります。
無垢板をはり、珪藻土(けいそうど)を塗っているのはそのためです。
スリッパを使わず、素足で無垢板を感じていただきたい。
天然素材のすぐれた湿度調節効果、温かみ、木の匂いを知っていただきたい、生きている素材を大事にする心を養いたい。
「健康にいい環境とは何だろう?」ひとつのヒントになればと考えています。
・遊びを大切にします
子どもが心身ともに健康に育つには、遊びが重要です。
運動も音楽も、英語ではplayするといいますよね。
私の診療所では、木のおもちゃで遊んでいただきたい。
また本を読む楽しみも覚えていただきたい。
少しずつお勧めのものをそろえていく予定です。
診療所に来るのではなく「遊びに来る」そういう場所になるのが理想です。
診療所とは感じられない、自宅の居間のような空間にしたい、と願っています。
子どもがこわがらない診療所を目指しています。
- 1976年
- 大阪府立四条畷高校を卒業
京都大学工学部に入学。
少しだけアメリカンフットボールをして、すぐに退部、在学受験。
- 1977年
- 京都大学医学部に入りなおしました。
- 1983年
- 医学部を卒業後、京都大学医学部付属病院小児科で1年研修
- 1984年
- 松江赤十字病院小児科に赴任します。
ここで今も尊敬する太田茂先生(現天理よろず相談所病院副院長)の指導を受けたことは幸せでした。
医師としてのものの見方、考え方、価値観などに大きな影響を受けたのです。この事については今後、診療の場や子育てを考える会(仮称)で接する方々に伝えていくつもりです。
- 1989年
- 三菱京都病院小児科に勤務して新生児医療を開始、小児心臓の診療も先代の上田先生や京大の西岡先生の指導の下、始めました。
小児心臓手術のためのカテーテル検査と診断、カテーテル治療などを行っていました。
小児心臓外科の小林先生が大津赤十字病院に移動し、手術を京大病院にお願いするようになってから退職までの間は、新生児医療中心の仕事をしておりました。
その間病院全体のコンピューター化(オーダリングや電子診療録)や新病院建築などの仕事もさせていただきました。
これらの経験は通常の医師では珍しいことで、楽しい思い出となっております。
また京大医学部RIセンターで実験もしておりましたが、私は研究には向いていないことを実感いたしました。
物の見方を拡げ、一面的になることを防ぐには役立っており、これは重要なことであります。
- 2007年
- 18年あまり勤めた三菱京都病院を退職し、上桂に小さな診療所を開きました。これまでに得られた経験をもとに、「子育て」や「健康」について皆様とともに考えることで、子どもたちの人間形成に役立つような診療所を目指しています。
ちょっと大げさかもしれませんが、これは今年50歳になった私の「天命」と考えています。
スタッフからのメッセージ
天満小児科医院の「あまりに診療所らしくない雰囲気」に驚かれる方も多いと思います。
「?」とお感じのことは、何でもお聞きください。

自己紹介 天満 泉
読書とパッチワークをしているときが、一番大好きな時間です。
お気に入りは浅田次郎と川上弘美です。
最近では、疲れて本を読みながら寝てしまうことが多いのですが・・・。
夢は、大好きな”赤毛のアン”の故郷、プリンスエドワード島に行くこと。それと映画「フラガール」に触発されて、フラダンスを習いたいなぁ・・・。
天満小児科が大切にしている3つのこと。
天満小児科医院 院長・スタッフからのメッセージを掲載しています。

対話とは“向かい合って話しをすること”。外来診療で、対話からみえてくるものはたくさんあります。
そのためにはゆっくり時間をとらなくてはいけません。
そう思いながらも、小児科医として20年以上病院に勤務している中、入院患者さまの診察が忙しく外来ではゆっくりとした説明が困難でした。
最後のほうは病院全体の仕事も増え、ますます外来診療の時間が少なくなっていたのです。
言い訳だといわれれば、そのとおりです。
しかし、ジレンマを感じていました。
そこで思い切って独立し、この小さな診療所、天満小児科で対話主体の診療を始めることにしました。
対話を大切にするには、ゆったりとした気持ちになることが重要です。
患者である子どもだけでなく、両親や祖父母、私、スタッフもそうなる必要があります。
無垢板をはり、珪藻土(けいそうど)を塗っているのはそのためです。
スリッパを使わず、素足で無垢板を感じていただきたい。
天然素材のすぐれた湿度調節効果、温かみ、木の匂いを知っていただきたい、生きている素材を大事にする心を養いたい。
「健康にいい環境とは何だろう?」ひとつのヒントになればと考えています。
子どもが心身ともに健康に育つには、遊びが重要です。
運動も音楽も、英語ではplayするといいますよね。
私の診療所では、木のおもちゃで遊んでいただきたい。
また本を読む楽しみも覚えていただきたい。
少しずつお勧めのものをそろえていく予定です。
診療所に来るのではなく「遊びに来る」そういう場所になるのが理想です。
診療所とは感じられない、自宅の居間のような空間にしたい、と願っています。
子どもがこわがらない診療所を目指しています。

- 1976年
- 大阪府立四条畷高校を卒業
京都大学工学部に入学。
少しだけアメリカンフットボールをして、すぐに退部、在学受験。
- 1977年
- 京都大学医学部に入りなおしました。
- 1983年
- 医学部を卒業後、京都大学医学部付属病院小児科で1年研修
- 1984年
- 松江赤十字病院小児科に赴任します。
ここで今も尊敬する太田茂先生(現天理よろず相談所病院副院長)の指導を受けたことは幸せでした。
医師としてのものの見方、考え方、価値観などに大きな影響を受けたのです。この事については今後、診療の場や子育てを考える会(仮称)で接する方々に伝えていくつもりです。
- 1989年
- 三菱京都病院小児科に勤務して新生児医療を開始、小児心臓の診療も先代の上田先生や京大の西岡先生の指導の下、始めました。
小児心臓手術のためのカテーテル検査と診断、カテーテル治療などを行っていました。
小児心臓外科の小林先生が大津赤十字病院に移動し、手術を京大病院にお願いするようになってから退職までの間は、新生児医療中心の仕事をしておりました。
その間病院全体のコンピューター化(オーダリングや電子診療録)や新病院建築などの仕事もさせていただきました。
これらの経験は通常の医師では珍しいことで、楽しい思い出となっております。
また京大医学部RIセンターで実験もしておりましたが、私は研究には向いていないことを実感いたしました。
物の見方を拡げ、一面的になることを防ぐには役立っており、これは重要なことであります。
- 2007年
- 18年あまり勤めた三菱京都病院を退職し、上桂に小さな診療所を開きました。これまでに得られた経験をもとに、「子育て」や「健康」について皆様とともに考えることで、子どもたちの人間形成に役立つような診療所を目指しています。
ちょっと大げさかもしれませんが、これは今年50歳になった私の「天命」と考えています。

天満小児科医院の「あまりに診療所らしくない雰囲気」に驚かれる方も多いと思います。
「?」とお感じのことは、何でもお聞きください。

自己紹介 天満 泉
読書とパッチワークをしているときが、一番大好きな時間です。
お気に入りは浅田次郎と川上弘美です。
最近では、疲れて本を読みながら寝てしまうことが多いのですが・・・。
夢は、大好きな”赤毛のアン”の故郷、プリンスエドワード島に行くこと。それと映画「フラガール」に触発されて、フラダンスを習いたいなぁ・・・。